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私の初めての海外は中学3年生の研修旅行で行ったオーストラリアだった。オーストラリアは日本と赤道を中心とした際に線対称のような位置に存在する。そこは、日本と季節が正反対なので、私が行った3月の気候は夏の猛暑が過ぎたぐらいのものだった。オーストラリアで出会った人々は、とても私たちに友好的で、おおらかで温かい人々ばかりだった。私がホームステイした方々もとても優しく、家族のように接してくださった。
オーストラリアは台湾やブラジル、タイほど有名ではないが親日国の1つである。1831年、幕末の日本にオーストラリアの捕鯨船が寄稿したことから両国の歴史は始まる。それ以来、オーストラリアへ真珠の採取、オーストラリアへ移民する人なども存在した。途中、戦争で両国の関係が悪化したりもしたが日本からは主に米と石炭、オーストラリアからは羊毛による貿易関係があった。そして、近年では日本はオーストラリアの最大輸出国になっている。特に、国際協力の分野ではマレーシア航空307便の捜索、ハイヤン台風後の救援活動、東日本大震災と津波被害の救援などお互いに世界危機への対応に協力し合ってきた。そのほかにも、人道支援や災害救援などにおいて、海上保安、サイバーセキュリティ、平和維持活動における実践的な協力を深めるだけでなく、将来の課題に備えるため話し合い、協力し合っている。
現在、オーストラリアは世界有数の多民族国家である。しかしながら、1970年代ごろまで、主に先住民のアボリジニに対する白豪主義が存在していた。アパルトヘイトと同程度の有色人種差別が行われていたのだ。第二次世界大戦などで敵として扱われていた時もあったが、そこでも日本人は経済面などから名誉白人としての扱いを受けていた。
オーストラリア人は日本に高い関心を持っている。現在、オーストラリアと日本の間には108もの姉妹都市・友好都市関係が設立されている。また、政府は日本語をすべての生徒・学生が学ぶことができる環境を整えるべきアジア言語の1つとしている。そして、日本語はオーストラリアで最も学習されている外国語で、約36万人もの学習者が存在する。思っている以上にオーストラリアにとって日本は身近なところに存在しているようだ。
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